「夜とぼし」とは、本来はお祭りの名前ではなく、昔稲毛で行われていたあそびの漁の名前です。
昔の稲毛は、埋め立てが始まるまで、海が町のすぐ近くにありました。
浜辺は遠浅で、新月の晩には、広大な干潟が現れます。
そこに残った小エビや小魚を、稲毛の人たちはカンテラの明かりで照らしながら、 漁をしました。その漁の名前を「夜とぼし漁」と言います。
新月の真っ暗な晩にカンテラの灯がポツリポツリとついていく。 そんな夜灯の風景を、現在の稲毛のまちに再現できないだろうか、 という商店街と学生の会話から、この「稲毛あかり祭よとぼし」が始まりました。
そしてこの遊びの漁「よとぼし漁」をモチーフに、稲毛の未来に伝えたい建物や忘れ去られてしまった風景にもう一度光をあて、
稲毛に対する愛着の心を育てたいと、1昨年商店街と学生の連携により、稲毛あかり祭夜灯は、はじまりました。
1回目の夜とぼしの後、今後よとぼしを、稲毛の人々の手で行う稲毛の祭として定着させていくためには、もっと連携の心を育てていかなければならないと考え、昨年、地域連携をテーマに、「ニイナメの祈りとともに」という副題を付けて第二回稲毛あかり祭夜灯を開催いたしました。
そして本年度は、昨年開催いたしましたよとぼしに、更に新たな視点・コンセプトを加えたよとぼしの開催を目指しました。
そして、4月に今年の夜灯の実行委員会を設立し、活動を開始しました。
今年は、当初より連携団体も増え、それぞれの団体の得意なことをお祭に生かしていく、新たな試みが始まりました。
たとえば、「企画造形屋<ぜろ> 」さんによるシンボルキャラクターの作成事業や「いきいきふれあい教室 きらり」さんのおばあちゃんたちによる風車の設計やワークショップの開催などです。
5月には、地域小中学校の校長先生、PTA代表、地域自治会長で組織する、町づくり推進会議より、各校が地域授業の一環として、 夜灯のかざぐるまや灯篭を作るワークショップを実施していただけることになりました。
そして7月には、連携団体・企画造形屋<ぜろ>さんを中心としたシンボルキャラクターの募集を小中学校や自治会を通してお願いし、350通あまりのご応募をいただきました。
この中から実行委員会における投票で、20作の佳作を選び出し、京成稲毛駅前掲示板に張り出し、8/3〜10まで一般住民による、公開投票を実施しました。
そして、投票最終日の8月10日には、かざぐるま作成教室や、スマートボールなどのゲームを楽しみながら、投票イベントを開催しました。
そして即日開票し、最優秀作品「夜灯姉さん」を夜灯キャラクターに決定いたしました。
9月から11月にかけて、例年通り灯篭・かざぐるま作りを各学校や社会福祉協議会などの協力の下、開催しましたが、特に今年は、先にも述べましたように、各学校で、地域授業の一環として地元の年配者から昔のお話をしてもらいながら灯篭やかざぐるまを作っていただきました。
また、このかざぐるまは、地元の高齢者のサークルであるいきいきふれあい教室きらりのメンバーが設計くださいました。
このワークショップを通し、お年寄りと子供たちの世代を超えた交流が生まれました。
9月28日には、誉田町より竹を切り出しましたたが、この切り出しをイベント化しました。
竹を切出した後、竹林の持ち主でもある岸本様の、竹談義を聞きながら、竹林の中、バーベキュー大会を開催しました。
捨てるところのない竹の有効利用はコンクリートの中で暮らす、参加者にとってはとても新鮮であったようです。
お蔭様で30名を超える沢山の一般住民に参加してもらい、盛況のうちに終えることができました。
また、10/5には竹灯篭作りを行い、地元京葉工業高校の生徒さんや、地元の一般住民など総勢50名を超える参加をいただいて、約1500の竹灯篭が完成しました。
また、新たな試みとして、今年は未就学児童を対象とした夜灯ミニハイクを試みました。
これは、実行委員が稲毛の昔話を子供たちに聞かせながら、夜灯の会場である神社や公園を回るミニハイキングです。
子供たちは、目を輝かせながら話を聞いてくれました。
その後子供たちに用紙を渡して、帰ってから保育園で書いてもらいました。
夜灯を地域のお祭として定着させることを目的に10月から11月にかけての準備作業をイベント化しました。
たとえば、通行止看板の作成作業には、竹きりで切り出した竹を使い流し素麺大会を開催しました。
また、11月には、キャラクター応募作全作品のイラストをフラッグにして商店街街路灯に1ヶ月間にわたり掲載し、夜灯本祭に同じ全作品を貼り付けた大灯篭9基中学生が描いた大絵灯篭3基の合計12基を配置するため準備作業も地域住民に呼びかけ、駅前の火の見やぐらの下で開催いたしました。
お陰さまで、昨年よりはるかに多く住民がこの準備作業に参加してくれるようになりました。
夜灯本祭に先立ち、プレ夜灯として、11月20日に稲毛町5丁目にある千蔵院において声明コンサートを開催いたしました。
声明とは、日本の伝統音楽のひとつで仏典に節をつけ、僧侶により詠われます。
この聲明を琴の調べとともに奏で、子供たちの夢や願いを聲明の調べに託して、世界の安寧と万人の幸せを祈るコンサートです。
当日は、夜灯の灯篭約350個を明かりのプロムナードとして京成稲毛駅から千蔵院まで並べました。
また、境内に並べられた約800個の竹灯篭のほのかなあかりに浮かび上がった本堂にて、荘厳な雰囲気の中、夜灯聲明コンサートは始まりました。
ほんの1時間半ほどのコンサートに、延べ500名を超える来場者を集め、私たちスタッフも聞き入ってしまうほど素敵なコンサートでした。
また、当日は灯篭に願い事を書き込み、仏様にお供えする、万燈供養会も行われ、沢山の人々が、思い思いの願い事を書き込んでいました。
今年も京成稲毛駅を通行止めにした灯広場では、地域の大工さんたちに作っていただいたステージで、地域の皆さんによるパフォーマンスが繰り広げられました。
3年連続で出演される方も多く、この夜灯のために1年間努力してきたとおっしゃる方も多くなりました。
また、今年は、11月22日前夜祭の16時から夜灯イメージキャラクターに入選された方の表彰式が行われました。
表彰式の最中に、自分たちがデザインした「よとぼし姉さん」や「ミスターよとぼしマン」が突然着ぐるみで現れるサプライズに、子供たちも大変喜んでくれました。
前夜祭のおおとりは千蔵院ご住職たちによる声明が行われ、あらためて心が洗われる思いがしました。
本祭最後には、地域の合唱グループ「ら・マドレ」による、観客との「このまちで」という歌の大合唱もあり、観客から「私のことを歌ってくれたようだった」「ありがとう」という言葉を沢山いただきました。
浅間通りは、昨年バイクと歩行者の接触事故があり、今年は11月23日の本祭のみ、車両通行止めにして歩行者天国としました。
通りには、昨年作っていただいた灯篭500基とキャラクター応募全作品を貼り付けた2メートルの大灯篭9基中学の美術部が製作してくれた3基の大灯篭を配置しました。
本祭の午後4時ジャンベの太鼓にあわせ点灯式が行われ、灯篭がともった後、5時30分からばか面踊りの山車行列が引き回されました。
ところが当日の人出が私たちの想像をはるかに上回り、6時ごろには、京成稲毛駅前は、道の反対側が人ごみで見えないほどになってしまいました。
山車を引き回すにも、人が道路をふさいだり、灯篭が倒れたりと大混雑となってしまいました。
実行委員総出でどうにか山車を引き回しましたが、警備計画・灯篭の配置など見直さなければならないことが沢山ありました。
○京成稲毛駅
今年から後援企業となってくださった新京成電鉄様は、当日の駅構内の灯籠設置だけでなく、千葉中央から松戸の各駅にご厚意でポスターを掲示させて頂き、稲毛以外からの来場者数増加にとても大きく影響したのではないかと思います。
また、京成稲毛駅の駅員の方々は、お祭り当日の来場者誘導などもとても積極的にお手伝いくださりました。
一番盛況だった6時頃には、電車が来るたびに乗っていたお客様がからっぽになるほどでした。

○白蛇の道
白蛇の道は、浅間通りが通行止めになった今年も、ゆっくり静かにあかりを楽しめるスポットとして、高齢の方に人気でした。

○遊具公園、稲毛公園
この2つの会場は、「稲毛台夜灯の会」「稲毛東5丁目夜灯の会」の方々が、1年間かけて企画立案から行い、当日の運営や火の管理まで担当してくださった会場です。
遊具公園は、あかりが星空のように配置され、かざぐるまは明るく照らし出されてとても美しかったため、たくさんの方々がが写真撮影をしていました。
稲毛公園は、火の管理だけでなくあたたかい軽食の出店も自主運営してくださいました。

○浅間神社
千葉県の重要文化財である「十二座神楽」を神楽殿にて開催してくださり、境内にはかがり火を焚き、本殿には行列が出来るほどの参拝者もいらっしゃいました。

○稲毛公民館
稲毛公民館には700個の灯籠の海が広がり、館内では地元の手作り和紙人形作家のかたの人形展も開催いたしました。
今年度は「光源氏1000年祭」でしたが、来年は「夜灯」の様子を人形展にするよとはりきってくださっています。
公民館全体の運営はガールスカウト千葉8団のかたが全面的に担当してくださいました。
夜灯を通して、商店街の知名度が上がるにつれて、徐々ですが商店街加盟店が増え、まちづくり推進委員会、地域、学校、家庭が連携して、自治会、PTA、学校、その他が参加し他団体との連携の広がりがみられるようになってきています。

写真撮影・提供「川島写真館」

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