私たちの身近にある昔話

第二話 黒砂神社と御神木
稲毛区黒砂三丁目に「黒砂神社があります。この神社も稲毛の浅間神社と同じように「コノハナノサクヤヒメ」を祀っています。
ちがうところは、神主さんとか巫女もおらず、ふだんは人けがありません。ただ、ここにはいろいろな種類の樹齢の古木が立ち並び千葉市の保存林として指定されています。
神社の裏には大きな御神木(写真)があります。この木は直径一メートル以上もあって根本から地上五十センチ位のところから不思議にも直径三〜四十センチほどの独立した五本の木が伸びているのです。よく見ると、もう一本生えた形跡があるのです。
御神木について黒砂の歴史に詳しい神社の氏子総代の高橋辰之さんは「これには面白い言い伝えがある」と、次のように語った。
「今から約千年前に平将門が平貞盛に滅ぼされ、その落武者が六人が佐倉往還を経て通りこの黒砂に逃げ定住しました。平将門は天慶三年二月十四日に滅ぼされたと言われています。落武者は中山一郎左衛門隼守、高橋八郎左衛門、渡邊久左衛門、遠藤源左衛門、山本世左衛門、春山與平の六人でした。この人たちが鎮守様として「黒砂神社」を創建したと推測されます。春山與平は一説によると足軽であったと言われ、中山一郎左衛門隼守は当時九千石(現在のお米換算で六億七千万円)の所領をもつ大名に近い人物だった。それで、黒砂神社の御神木は最初はこの六人の落武者の数の六本あったという。ところが、この中の一軒、春山家がどこかに引越して分からなくなったら、一本が枯れ、現在の五本残った。自然というものは実に不思議なものですね」。
今でも黒砂には中山一郎という表札が掲げられた大きな家があります。ちなみに、語る高橋さんは八郎左衛門の分家に当る。
また、黒砂神社の「コノハナノサクヤヒメ」は稲毛のコノハナノサヤヒメ」の姉さんに当り、あまり美人ではないため、妹に嫉妬し先月の話の、海へ突き落とした犯人ではないかと言われ、そのため「黒砂神社は稲毛の浅間神社より人々の参詣が少ない」と、地元の人々は話しています。
 【採話・佐藤正成】

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